HDマップ(高精度地図)は、自動運転車が読むための地図です。スマートフォンで開く地図とは別物です。ルート上のすべての車線境界、交通標識、停止線、道路の端をセンチメートル精度で記録した機械可読なデータで、自動運転システムがリアルタイムのセンサーデータと照らし合わせ、車両が車線のどこにいるかを正確に知るために使います。
この記事では、HDマップに何が入っているか、どう作られ更新されるか、自動運転システムの中でどんな役割を持つか、そして業界でまだ意見が分かれている点を説明します。
HDマップに入っている情報
HDマップには、一般の道路地図にはない3層の道路情報が入っています。
形状のレイヤー:路面、車線の中心線、車線の境界、縁石、道路の端の正確な3Dの形を、水平方向10〜20 cmの精度で記録します。道路を1本の中心線で表すのではなく、車線ごとにポリラインで表し、車線の幅も平均値ではなく連続した値で持ちます。
意味のレイヤー:形状に付ける機械可読な属性です。制限速度、進行方向、車線の種類(一般、バス専用、自転車、多人数乗車車両専用)、右左折の規制、交差点での車線のつながり、停止線の位置、横断歩道の範囲などです。このレイヤーがあるので、自動運転システムはカメラ映像から推測しなくても、どの操作が法的に許されるかを判断できます。
ランドマークのレイヤー:交通標識、信号機など、位置が変わらないものの3Dの位置です。車両の認識システムはこれをリアルタイムで照合します。地図を使った自己位置推定を支えるのが、このレイヤーです。
都市圏のHDマップは、同じ地域の一般の道路地図よりはるかに大きなデータになります。
自動運転車にそもそも地図が必要な理由
カメラ、LiDAR、レーダーは、いま車両のまわりにあるものを捉えられます。しかし、次の角の先にあるものは捉えられません。HDマップは、遠くまでの事前情報として働きます。車両はセンサーの届く範囲よりずっと先まで、道路の形、この先の標識の位置、車線のつながりを知っており、その情報を使って、より滑らかで安全な、迷いのない運転を計画できます。
地図は、センサーが苦手な場面も補います。雪で隠れた車線、見えにくい一時停止の標識、西日のまぶしさ、消えかけた横断歩道。地図があれば、車両は車線や停止線が本来どこにあるかを知ったまま走れます。地図がなければ、こうした場面のたびに運転の質が落ちます。
さらに、地図はルールも記録しています。左折できるか、この時間帯はバス専用車線か、制限速度が下がったところか。こうした意味の情報は、カメラで読み取れることもありますが、管理された地図なら確実に示せます。
HDマップの作り方
主な作り方は3つあります。
測量用LiDARを積んだ車両フリート。TomTom、HERE、自動車メーカー社内の地図部門は、高性能なLiDAR、複数のカメラ、測量用のGNSS-INSを積んだ測量車両を走らせています。各車両は走りながら高密度の点群と画像を記録します。バックエンドの処理でデータをつなぎ合わせ、車線や標識を抽出してHDマップを作ります。最も精度が高い方法ですが、費用も最も高く、更新にも時間がかかります。
市販車のフリートによるクラウドソーシング。MobileyeのRoadbookやTeslaのデータエンジンは、数百万台の顧客の車からセンサーの特徴データを集めています。各車両がアップロードするのは生の映像ではなく、標識の検出結果や車線のサンプルといった小さな特徴データです。バックエンドが多数の車両のデータをまとめ、ノイズを除き、地図を継続的に更新します。1 kmあたりの費用は測量方式よりずっと低く、精度もADASやレベル2+のほとんどの用途には十分で、レベル4に必要な水準に近づいています。
ハイブリッド方式。測量で基準の地図を一度作り、その後の変化はクラウドソーシングの差分レイヤーで反映します。最近の地図ベンダーのほとんどが、何らかの形でこの方式を使っています。測量がしっかりした土台を作り、クラウドソーシングが情報の新しさを保ちます。
自己位置推定:地図と現実を照らし合わせる
HDマップがあっても、車両は自分がいま地図上のどこにいるかを知る必要があります。スマートフォン並みのGNSS受信機の精度は上空が開けた場所で一般に約5 mで、都市部ではさらに落ちます。車線単位の自動運転には足りません。
そこで車両は、地図を使った自己位置推定を行います。認識システムが標識、車線、街灯の柱といったランドマークをリアルタイムで検出し、HDマップのランドマークのレイヤーと照合します。照合できる点が十分にあれば、車両の位置と向きは、地図と同じ数センチメートルの精度でわかります。計算としては、GNSS、IMU、車輪の回転から求めた移動量、カメラやLiDARで捉えたランドマークの対応関係を、緊密に組み合わせて推定しています。
ここで、マップマッチングが自動運転システムの一部になります。誤差のあるGNSSの位置を道路の形に合わせるという従来のマップマッチングの問題が、誤差のある複数センサーの位置推定を、センチメートル精度の地図に合わせる問題へと広がります。
地図を新しく保つ
道路は変わります。新しい車線が引かれ、標識が移設され、工事で右左折ができなくなります。前の四半期の状態のままのHDマップは、いまの自動運転システムを誤った判断に導き、場合によっては危険です。
情報の新しさを保つことは、この分野で最も難しい課題の1つです。実際に使われている方法は3つあります。
定期的な測量。四半期ごと、毎月、または毎週、測量車両を走らせます。確実ですが、時間も費用もかかります。
フリートによる異常の検出。市販車が、自分の見ている状況と地図の内容を比べます。食い違いがあれば印を付けます。十分な数の車両から印が集まると、それが実際の変化として確定し、地図が更新されます。
リアルタイムのタイル配信。車両はHDマップの一部を手元に保存しておき、これから入る範囲のタイルだけを取得します。変化はクラウドに集まってから車両に届き、その時間は数週間ではなく数分です。
現在の最先端は、測量とクラウドソーシングの両方からデータを集め、タイル単位で配信するフリートです。地図の更新は、まとめて配布するのではなく、継続的に車両へ届けられます。
カメラ優先という反対意見
Teslaの公式な立場は、HDマップは頼りすぎの支えにすぎない、というものです。認識の性能が十分に高ければ、人と同じように道路を読み取れるはずで、どんな地図もいずれ古くなる、という主張です。Teslaは車載のカメラ映像と、そこから推定した車線の形に頼り、センチメートル精度の地図は事前情報として使っていません。
業界のほかの企業は、HDマップは安全のための事前情報であって代わりではない、と反論しています。地図はカメラを置き換えるのではなく、カメラを裏から支えるものです。車線が見えにくいときや一時停止の標識がないとき、地図がその穴を埋めます。標識に「制限速度30(6〜9時を除く)」と書かれていれば、地図はそのルールをあいまいさなく記録できます。慎重な立場から見れば、新しいHDマップと高性能な認識を組み合わせた自動運転システムは、認識がどれほど優れていても、認識だけのシステムより安全です。
この意見の対立は本物で、まだ決着していません。業界の多くは中間の方式に向かっています。第1世代のレベル4のシステムほど地図に頼らないものの、Teslaが勧めるような地図をまったく使わない方式でもありません。
規格とフォーマット
HDマップには、主流と言える単一のフォーマットがありません。いくつかの規格が並び立っています。
OpenDRIVE / OpenSCENARIO(ASAM、もとは自動車のシミュレーション用):シミュレーションで広く使われ、量産向けの地図のやり取りでも使われることが増えています。
NDS / NDS.Live(Navigation Data Standard):自動車業界のコンソーシアムによるフォーマットです。NDS.Liveは、量産車へのタイル単位の配信を前提に設計されています。
lanelet2(オープンソース、KIT発):Autowareや、増えつつある研究用のシステムで使われています。一方、Baidu ApolloはOpenDRIVEを独自に拡張したものを使っています。
独自フォーマット:HERE、TomTom、Mobileyeは、それぞれ社内のフォーマットと専用のツールを持っています。顧客は生のファイルではなく、SDKを通じて利用します。
量産の自動運転システムでは、地図を1つの標準的な社内形式で持ち、契約しているベンダーのフォーマットからそこへ取り込む形がよく見られます。
地図業界はどこへ向かうか
はっきりした傾向が3つあります。
情報の新しさは、費用と対象範囲の面でクラウドソーシングが有利です。安全面の要求が最も厳しいレベル4のサービスを除けば、ほぼすべての用途に当てはまります。初期のHDマップは測量で作られていましたが、いまでは主要ベンダーのほとんどがハイブリッドの工程を使っています。
オープンなフォーマットが広がっています。lanelet2、OpenDRIVE、NDS.Liveがあれば、自動運転車の開発企業は供給元を替えたり、社内ツールを作ったり、特定ベンダーへの依存を避けたりしやすくなります。第1世代の閉じた独自HDマップのモデルは、押されています。
地図が受け持つ範囲は狭くなっています。最近の自動運転システムは、意味の情報(ルール、車線のつながり)とおおまかな形状を地図に頼り、細かく変わる部分は認識に任せています。変わらないものは地図が、変わるものは認識が受け持ちます。その結果、地図はより小さく軽くなり、より速く更新できるようになっています。
MapAtlasの役割
MapAtlasは、レベル4の自動運転向けのHDマップは作っていません。MapAtlasが力を入れているのは、一般向けとB2Bの地図、ジオコーディング、ルーティングです。対象は、正確な住所、到達圏、ルートの最適化が必要なプロダクトで、センチメートル精度の車線の形状ではありません。レベル4のシステムには、専門のHDマップベンダーを選んでください。
MapAtlasが提供しているのは、自動運転の工程の前後を支える機能です。Map Matching APIは、コネクテッドカーのフリートから届く誤差のあるGNSSの軌跡を道路の形に合わせます。これは、フリート管理、ADASの分析、精度の要求が低い場面での地図を使った自己位置推定を支えるのと同じ基本機能です。Geocoding APIとSearch APIは、フリートの運用、乗客の乗車地点、配送のルーティングに使える住所単位の位置データを提供します。Isochrone APIは、MaaSの計画のための移動時間の分析に使えます。
車両の軌跡がきれいなルートになる仕組みは、マップマッチングとはで詳しく説明しています。座標が場所になる基本は、ジオコードとはを読んでください。
よくある質問
HDマップ(高精度地図)とは何ですか?
HDマップ(高精度地図)は、自動運転車と先進運転支援システム(ADAS)のために作られた、センチメートル精度で機械が読める道路地図です。一般の道路地図と違い、車線の形状、車線どうしのつながり、交通標識、信号、停止線、路面標示、3Dのランドマークを10〜20 cmの位置精度で記録しています。車両はHDマップを事前情報として使い、カメラ、LiDAR、レーダーのリアルタイムのセンサーデータと照らし合わせて、自分が車線のどこにいるかを割り出し、この先の道路を予測します。
HDマップはGoogle MapsやOpenStreetMapとどう違いますか?
一般向けの地図は人が見るためのもので、道路、名称、施設をメートル単位の精度で表示します。HDマップは機械が使うためのもので、形状と意味の情報をセンチメートル単位で記録しています。車線単位のつながり、標識の3Dの位置、自動運転システムがそのまま使える機械可読なルール(制限速度、車線の規制、右左折の可否)などです。Google MapsやOpenStreetMapだけではレベル4の自動運転には足りませんが、ベースの地図として、またHDマップを作る工程の入力データとして役立ちます。
HDマップはどうやって最新の状態に保たれていますか?
主な方法は3つです。測量方式では、LiDARを積んだ専用の測量車両が定期的に各道路を走り、HDマップを作り直します。クラウドソーシング方式では、市販車のフリートがセンサーで見つけた異常(消えた車線、新しい工事区間、移設された標識など)をアップロードし、それをきっかけに地図を更新します。ハイブリッド方式では、測量による基準の地図を四半期ごとに整備し、その間の変化をクラウドソーシングの差分レイヤーで反映します。車両への配信には、LTEや5Gによるタイル単位の更新を使い、地図全体ではなく変わった範囲だけをダウンロードします。
すべての自動運転車がHDマップを使っていますか?
ほとんどは使っていますが、すべてではありません。Waymo、Mobileye、Baidu Apollo、そしてレベル4のサービスの多くはHDマップに大きく頼っています。一方、TeslaはHDマップを使わずカメラ映像だけで走る方針で知られています。地図はいずれ古くなるし、認識の性能が十分に高ければ地図は要らない、という主張です。業界全体では、HDマップを安全のための事前情報として持ち、まれな状況への対応はカメラとLiDARに任せる方向に向かっていますが、議論は本当に続いています。地図をどう扱うかは、現在の自動運転の設計を決める大きな選択の1つです。

